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Wed, 15 Feb 2006

とある広告キャンペーンについて

Posted at Wed, 15 Feb 2006 in n/a

数日前から、電車の中で、とても「いやだな」と感じてしまうものを見かけるようになりました。
そんなものにはなるべく関わりたくないので、そう感じてしまうことについて深く追求することもしたくなかったし、なるべくその方向を見ないように見ないようにして電車に乗っていたのですが、やっぱりどうしてもいやだな、という気持ちが消えないのです。忘れることができない。

それは何かというと、朝日新聞の広告でした。

「言葉は感情的で、残酷で、ときに無力だ。それでも私たちは信じている、言葉のチカラを。ジャーナリスト宣言。朝日新聞」

「いかにもジャーナリズム」的な写真にこんなコピーを添えたものが延々山手線の車内を占拠しているのです。

このコピーの居心地の悪さについて、小田嶋隆氏がとてもわかりやすく表現していました。

 「残酷だけど信じる」とか、「感情的だけど信じる」と、留保抜きの信頼感をただまっすぐに強調されても、聞かされる側は困惑するばかりだ。というよりも、
「それって、盲信じゃないのか?」
 という疑問が生じますね。当然ですが。

「言葉」を誰かの名前に置き換えてみるとわかりやすくなるかもしれない。
「英寿さんは感情的で、残酷で、ときに無力です。それでも私は信じています、英寿さんのチカラを。駆け落ち宣言。みゆき」
 これ、マズいよね(笑)。
 明らかに悪い男にひっかかってる感じしませんか?

「言葉」を名前で置き換えることでもう一つ強調されるのは、「言葉」と「言葉を使う主体」がこの文章では完全に切り離されているというところです。
感情的なのも残酷なのも無力なのも、チカラを持っているのも「言葉」であって、「言葉を使う主体」ではない。つまりジャーナリストや記者やライターではない。そういう無責任さが透けて見えるような気がします。

小田嶋氏の文章からもうひとつ引用しておきます。

言葉の残酷さを、言葉のせいにしてはいけない。
オレの言葉が残酷なのは、オレの不徳。

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